楽園が失ったもの

ナウルという楽園の静かな沈黙は 永遠に続くように思われていたのだけれど 武器と宗教と贅沢と欲望とがやって来て 幸せな時間を奪ってしまったように見えた リン鉱石という自然の恵みのおかげで 島の人々は物質的な豊かさを知り カネの意味すら知らないままに 文明の恩恵を享受するようになった まもなく島にはカネが流れ込み 食ベて寝てがあたりまえの楽園の 夢のような暮らしが始まったかのように見えた 気がつけば島からは静けさが消え 働かない人のこころは病んで 顔からは笑いが消えていったと言われた そう遠くない将来にリン鉱石がなくなってしまう 鉱石を採りに来ていた外国人が心配そうに言った なくなったら昔に戻ればいいと言ったら なにをのんきなことをと笑われた 蝕まれた人たちは働かないなどと言われ 静かな楽園はもう戻らないとも言われ なにも言わないでいたら笑われて なるようにしかならないと小さな声でつぶやく 欲に目がくらんだ外国人たちが集まって マネーロンダリングに手を染めて 汚れたカネを集めてみたりと 島は騒がしくなるばかり 困った人がいたら助けなくてはと 誰にでもパスポートを発行することにしたら 集まってきたのは犯罪者ばかり 裏金に身代金に灰色のカネに黒いカネ 資金援助という手があるんだと 国際機関の人たちがやってきて 持続的開発で豊かになると言われて 島の人々は戸惑ってしまった 働くことを忘れた哀れな人々と言われ 肥満は健康の敵だと決めつけられて リン鉱石はあと10年で枯渇するから このままでは滅びてしまうと諭される ではなにをどうしたらいいのかと聞けば 働きなさい働きなさいと繰り返す 私たちは豊かだから必要ないと言えば 明日のことを考えなくちゃと叱られる 魚を獲ったり果実を割ったり 神に祈ったり歌を歌ったり 波の音を聞きながら授かり授け 風に吹かれながら食事をする 生まれてきてから死ぬまでの時を 肥満と言われた人々が昔ながらにすごす そして働きなさいと言われたときに 大事なことに気がついた なにも失っていなかったのだ この島に来た外国人が騒がしかっただけで その人たちが失っただけで 私たちはなにも失っていないのだ 私たちは昔から働いたことなどなかったのだ なにも変わってはいないのだ